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原乳と飼料の検査には同一メーカーの放射性物質測定器が使われている。牧草の収穫が始まると保有している測定器だけでは対応できないため、複数台をリース運用して検査を行っている(2014.4.14)

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 東京電力(株)福島第一原発の事故から3年が過ぎ、旧警戒区域以外の酪農家や乳業メーカーは事故前と同じ日常を取り戻しつつある。事故直後こそ検査機器の不足が深刻だったが、現在では放射性物質が農作物に含まれていないかを検査する測定所が充実し、各農家が安心して出荷できる体制が整っている。
 福島第一原発事故後、多岐にわたる損害賠償の請求事案が発生。福島県内の酪農団体は、東京電力に対して賠償支払いの迅速な対応を求めるため、福島県酪農業協同組合やJA全農福島をはじめとする酪農団体と福島県畜産課との間で協議が行われ、福島県における酪農関係の賠償請求を一本化する目的で2011年5月27日に「福島県原発事故損害賠償対策酪農団体協議会」を設立した。
 さらに県内で生産される生乳の安全を確保する目的のため、原発事故以前から酪農団体によって組織されていた「福島県生乳委託者委員会(以下、委員会)」が主導し、原乳や飼料作物の自主検査が2012年4月から業界団体によって始められている。委員会の事務局は福島県酪が務め、自主検査は委員会から業務委託を受けた(株)らくのう乳販が実務を担当。検査室はらくのう乳販と隣接する酪王乳業(株)の2箇所に設置され、永年性牧草や単年性牧草にかかわらず県内で収穫された自給飼料と原乳が検査されている。
 検査にはチェルノブイリでの原発事故で深刻な被害を受けたベラルーシの元国営企業であるアトムテック社(ATOMTEX)が製造販売するシンチレーション方式の「AT1320A」測定器が用いられている。一般的な放射性物質の検出器にはシンチレーション方式とガイガーミュラー管方式のほか、より高精度な測定が可能なゲルマニウム半導体検出器などが知られているが、ゲルマニウム半導体検出器は高額のため、使い方次第ではゲルマニウム半導体検出器と比べても遜色のないシンチレーション方式の検出器が普及している。委員会が2011年に購入したアトムテック社の測定器は1台およそ200万円。購入費用は東京電力との合意の元で協議会を通じて賠償請求しているが、2014年5月になっても支払われていないという。


2012年4月から福島県酪と全農、県畜産課の3者共同で原乳のモニタリング検査を週6日実施している(2014.4.14)

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 酪王乳業の敷地に設けられた検査室では週6日、本宮市と郡山市にある2ヶ所のクーラーステーションおよび県内各乳業者から採取された原乳の測定が行われている。またこの自主検査以外にも県によるクーラーステーションごとの測定がゲルマニウム半導体検出器によって週1度実施されているため、実質的には毎日欠かさず、切れ目なく検査が継続中だ。また東北生乳販連でも月1回、県内各集乳ローリー単位の検査を検査機関に依頼し、ゲルマニウム半導体検出器による原乳検査が行われている。
 委員会が行う原乳の測定時間は1検体30分。測定時間をかけるほど検出下限値を下げることが可能だが、この検査室の測定方法で放射性セシウム134の平均検出下限値1Lあたり4.5ベクレル、放射性セシウム137の平均検出下限値1L3.5ベクレルまで測定される。検出下限値は測定時間だけでなく、検査室の環境によっても変化する。天候や室温も数値に影響を与える要因だが、壁や床を通して外部から入ってくる放射線にも影響されるため、酪王乳業の敷地内に設けられた検査室では床下の土が取り除かれ、カーペットの代わりに遮蔽目的の鉄板が敷かれている。これら検出下限値を下げる努力によって、県が測定に使用しているゲルマニウム半導体検出器(平均検出下限値セシウム134・セシウム137ともに3.5ベクレル)と比較しても遜色ない測定となっている。
 委員会が自主検査を始めた2012年4月から現在まで、検出下限値を超える検体は1度も確認されていない。政府が定めた牛乳の基準値は1Lあたり50ベクレルだが、福島県産乳は出荷解除以降「不検出」が続いているのだ。県によるモニタリング検査でも出荷解除後は「不検出」が続いている。原発事故後に定められた"50ベクレル"という基準値のみがひとり歩きしがちだが、現実は事故前と変わらぬ品質と成分の原乳が生産され、商品が製造されている。
 福島県酪生産部業務課長の木戸美幸さんは、委員会による自主検査について「福島県が行う原乳モニタリング検査において検出しないよう2重、3重の自主検査体制を敷いて実施してきた」と自主検査の必要性を説明し「2014年度も昨年と同じ検査体制で進めていく」と答えている。
 委員会では原乳の測定と平行して、牧草地の収穫時には県内の耕作牧草地から採取された飼料の検査も自主的に実施している。福島県は国と同じく飼料1kgあたりに含まれる放射性セシウムが100ベクレル以下を給餌可能としているが、県内酪農団体による自主管理基準は現在も30ベクレルが維持されている。国の基準以下であっても、30ベクレルを超える飼料の給餌を自粛しているのだ。この基準は前出の協議会で定めたもので、30ベクレル以下であっても数値によっては給餌量の制限などのきめ細やかな指導が組合によってなされている。
 また牧草地の検査に関しても、委員会は県とは違う独自のやり方で行っている。県による草地検査は、基本的に5ヘクタールの圃場で一つの検体を採取。牧草地が市町村をまたぐ場合や一つの農地で異なった除染が実施されている場合は、5ヘクタール以下であっても市町村や除染ごとに検体が採取される。5ヘクタールを超える圃場に関しては、5ヘクタールごとに1ヶ所づつ検査を実施しているという。そして検査の結果、放射性セシウムが1kgあたり100ベクレル以下であれば利用自粛が解除となる。
 一方、委員会の飼料測定は圃場ごとの検査にこだわり、複数の牧草地を抱える農家に対しては圃場ごとに検査を実施している。検査を行う飼料は、県による草地検査で100ベクレル以下と確認されたものだけが対象で、基準を超えて利用できない牧草地の飼料は検査の対象に含まれていない。測定にあたっては圃場の実態に近づけるため、1箇所の圃場から採取する検体を最低5つとし、それを混ぜて一つの検体として検査を行っている。1ヶ所で1ヘクタールを超える牧草地の場合、1ヘクタールごとに採取箇所を増やしているという。地形や位置、牧草地の環境によって同じ地区であっても放射性物質による汚染度に違いがあることから、このような検査方法をとっていると木戸さんは説明する。
「ひとつの圃場で一点のみの採取ではなく、なるべく採取点数を多くすることで均一化できる。何枚もの畑を混ぜてしまうと実態がわからない。実情にあった測定が大切です」


農地除染の方法や予算は国により一律に決められている。除染効果が高い圃場がある一方で、岩などが多い圃場などは国が定めた方法では効果が薄い。地形や土壌環境に見合った柔軟な対応が求められる(2012.11.27)

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 環境省が発表した2014年3月末までの除染進捗状況によると、牧草地を含む福島県内の農地除染は計画面積2万8,079ヘクタールに対して、71.8%の2万0,167ヘクタールが実施済みだという。しかし放射性物質の汚染度合いや土壌などによって1度の除染で基準値を下回らない農地もあり、除染がされたからといって全てが元通りになるわけでもない。除染が終わり、県によるモニタリング検査で耕作が再開された農地は確実に増えてきてはいるが、委員会が検査した自主管理基準をクリアした草地は2013年度で全体の約70%にとどまっている。
 原発事故から3年が過ぎ、事故直後の漠然とした不安や恐れが薄れたとはいえ、生産者や関係団体がどのような検査を実施し、安全の確保に取り組んでいるのかを知らない消費者はまだまだ多い。そのため本来は持つ必要のない不安を感じている消費者が現在も少なからず存在している。
 福島県内のある酪農団体職員は「たとえ基準値以下であっても福島から出荷される牛乳に少しでも放射性セシウムが入っていたら福島の酪農は終わるかもしれない。だから必死で検出しない努力を続けている」と話す。消費者の信頼を裏切らないため、地道な努力が続けられているのだ。
(続く)


*年齢は当時(記事執筆は2014年5月)