
早朝。
昨日の木舟を再びチャーターし、カントー名物にもなっている水上マーケットの撮影へ出掛けた。
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ベトナム滞在中はほぼ毎日、美味しいものを食べていたように思う。
一杯100円ほどの麺とはいえ、なんという贅沢をしていただろうと、帰国してからその思いを強くする。
ビールも毎日飲んでいたし、これじゃ太るのもあたり前か。
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午前中、バイクをレンタルし、マーケットへ出掛け、クリーク沿いを撮影する。
短い滞在だったけれど、今回の訪問でカントーをすごく気に入る。
またいつだって来ることができるさ、楽しみは次回に残しておこう。
と思ってはいるものの、カントーでもすごい勢いで開発が進行している現状を考えると、焦ってしまう。
午後、ホーチミン市へ移動。
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旧市街からバスを乗り継ぎ、ハノイ市の西側にある動物園へ。
空っぽの飼育舎を見下ろし、トラを眺め、パンをかじり、鳥の鳴声を聞き、サルをからかい、孔雀と出会った。
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January 08 | Comments(0) | TrackBacks(0)

ベトナム滞在中、ベトナムを題材したルポやエッセイをKさんから借り、毎日のように読んでいた。
そんな自分を見て、Kさんは「家に閉じこもって本を読むより、街に出たら」と言った。
たしかに。
でも、ついつい本の世界に没頭してしまった。
帰国してからも、本棚にあるベトナムに関する本を読み続けている。
またベトナムが舞台となった映画も近所のレンタル屋でDVDを借りて、ここ数日見ている。
読み返し、また見返し、それら表現をそれまでと違う感じで受け入れることができた。
今夜はベトナムでなく、カンボジアを舞台にした「キリング・フィールド」を再鑑賞。
近所のレンタル屋になかったので、隣駅まで出掛けて借りてきた。
なんという殺戮が行われていたのだろうと、改めて思う。
20〜30年前なんて、ついこの間といってもいいのではないか。
「キリング・フィールド」を見て、人は無表情で人を殺せるのだと知る。
非日常の出来事ではなく、それが日常の日課なれば、食べ物を口に入れることに疑問を持たないように、すべてがあたり前のひとつの作業になるのだろうな。
この映画でカンボジア人の新聞記者を演じたハイン・S・ニョール氏も、4年あまりに渡ってクメール・ルージュの収容所で暮らしていたことを改めて知った。
そして1996年に自宅近くで殺されたことも。
人が人を殺し、人が人を産み、人が人を信頼し、人が人を愛し、人が人に絶望し、人が人の誕生を祝福し、人が人の価値観を認めず、人が人を尊敬し、人が人の悲しみに涙する。
January 09 | Comments(0) | TrackBacks(0)

この日本で、1971年という年に産まれて、心底良かったと思う。
腹に贅肉がつき、明日の命の心配をしなくても済むことが、どんなに恵まれていることなのだと思う。
January 10 | Comments(2) | TrackBacks(0)

目覚めたときから、昨日治療した奥歯が痛くて仕方ない。
ツーンとした痛みではなく、常にジワーと痛い感じ。
我慢できない痛みじゃないけれど、すごく気になって、もう歯のことしか考えられないという状態。
これはもう予約があろうがなかろうが歯医者に見てもらおうと電話したら、研修で臨時休業だと留守録テープが教えてくれた。
度数80度のウォッカで口でもゆすげば楽になるだろうか。
そんなウォッカ、手元にないけどさ。
今日は一日、集中力ゼロだった。
だからだろうか。
自転車に乗っていたら、見事にこけた。
アスファルトに倒れたのは、ひさびさだ。
通行人のカバンがハンドルに引っかかり、バランスを崩して、そのままバタン。
運が悪いことに両足ともペダルに固定してた。
カバンの持ち主は若い兄ちゃんで、倒れているぼくを一瞥し、スタコラサッサ行ってしまった。
膝も痛いが、ココロが痛い。
こんなぼくに愛をください。
January 11 | Comments(4) | TrackBacks(0)

今日も自転車で都内を移動し、いまでは“くぐる”と言った方がしっくりとくる日本橋を渡る。
先日のニュースで知ったのだが、小泉首相が日本橋に架かる首都高の撤去を提案したという。
毎日新聞によると、首相が思い描く景観になるには3000億から6500億円の費用がかかるという。
税金を使って歴史的な建造物や文化遺産を復元させることに異議はない。
が、これほど膨大な税金を投入してまで、首相が望む日本橋の復元をいま行う必要があるのだろうか。
そのまえにいくらでも「さすが小泉」だと有権者にいわれる政策があるのではないか。
環境・景観・文化の保護を前面に出すのなら、まず川辺川ダム計画を中止したらどうだろう。
川辺川は国内で残り少なくなった清流でもあり、将来に渡って保護すべき河川のひとつなのだから。
そして川辺川ダムを中止した後は、長良川河口堰のゲートを上げ、目的が消失したダム事業を見直し、日本各地に清流を取り戻して欲しいと思う。
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毎日新聞・2006年1月6日の記事から
発端は昨年10月19日夜。都内の日本料理店で、小泉首相が牧野徹首相補佐官(元建設事務次官)や伊藤滋早稲田大学教授(都市計画専攻)らと食事した時のことだ。
「日本橋やろうよ。おれの任期中にまとめてくれ」。首相はその場で「一声政治」を発動。牧野氏に準備を命じた。
2カ月後の12月26日。
官邸に伊藤氏のほか、高速道路の権威である中村英夫武蔵工大学長、奥田碩日本経団連会長、作家の三浦朱門氏の3人が呼ばれ、首相の私的な有識者懇談会が発足した。
首相直属の懇談会設置は、郵政民営化や皇室典範改正などの重要課題に限られ、5年の長期政権でもこれまでにわずか六つ。
4人を前に首相は「オリンピックがあろうとなかろうとやるんだ」と強い口調で言ったという。
石原慎太郎・東京都知事もオリンピック誘致に合わせた日本橋の首都高撤去を唱えているため、それに対抗して「おれのプロジェクトだ」との意気込みらしい。
ある政府関係者が内情を明かす。「完全に首相の思い入れ。任期中、郵政民営化などの改革では足跡を残したが、形に残るモニュメントがない。空港や道路を造るのでは田中角栄的だが、青空やきれいな川を取り戻す事業ならば小泉首相らしい。昨年の衆院選の後、話が動き出した」
4人の有識者の一人も「任期中に」という首相の注文を受けて、「これは首相の最後のお土産だ」と感じたという。
それにしても、なぜ日本橋?
関係者は「小泉首相は歌舞伎など日本の伝統文化や歴史にこだわりがある。『江戸時代の五街道の起点なのに美しくない』とも言っていた」と話す。
首相は周辺に「実現したら文化都市・東京のシンボルになる」と語っているという。
環境・景観・文化を前面に押し出した「小泉記念碑」という趣向だ。
韓国の首都ソウルでは、次期大統領候補に名前の挙がっている李明博(イミョンバク)市長が都心の清渓川(チョンゲチョン)を覆っていた暗きょと高速道路を約425億円かけて撤去。昨年10月にせせらぎを復元した。小泉首相は「韓国でできるんだから、日本でもできる」とハッパをかけているという。
日本橋の場合、コストは膨大だ。
第1次小泉内閣の扇千景国土交通相(現参院議長)が設けた有識者会議は02年4月、首都高を(1)日本橋川の地下を通す(2)両岸のビルの中か地下を通す(3)日本橋を通らないルートに変更する−−の3案を提言した。
昨年末の推計で総工費は3000億〜6500億円。
ちなみに、この金額を「開かずの踏切」対策に使えばどうなるか。
国交省によると、1時間に40分以上閉じている踏切は全国611カ所、立体交差化には1カ所で平均50億円かかるというから、1〜2割が改修される計算だ。
国交省の担当者は「財政難の折、政府の金をつぎ込むのは難しい。募金か積み立てか、いずれにしても国民の理解が必要だ」と、思わぬ「首相の一声」に困惑気味だ。
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終日、家から一歩も出ることなく、部屋にこもって写真の整理。
January 13 | Comments(0) | TrackBacks(0)

これも時代の流れなのか。
平素はニコン製品をご愛用いただきまして、誠にありがとうございます。
このたび弊社は、お客様のニーズに応じた製品をタイムリーにご提供するため、デジタルカメラ事業に一層の経営資源を集中し、フィルムカメラ製品のラインアップを見直ししていくことといたしました。
フィルムカメラ市場が急激に縮小する中、コンパクトデジタルカメラは普及率も高まり、今後はより高機能、付加価値の高い製品が求められております。また、デジタル一眼レフカメラにおきましては、今後はフィルム一眼レフカメラやコンパクトデジタルカメラからの買い替え需要などの拡大が見込まれ、より高性能な新製品の発売が期待されております。
このような市場環境の中、お客様のご要望により迅速に対応するために、デジタルカメラ事業に一層の経営資源を集中し、フィルムカメラ製品のラインアップを見直ししてまいります。
大判カメラ用レンズ、引伸し用レンズにつきましては全品の生産を終了し、在庫がなくなり次第販売を終了いたします。また、フィルムカメラボディー、マニュアルフォーカス交換レンズ、その関連アクセサリーにつきましては一部を除き生産を終了し、在庫がなくなり次第販売を終了いたします。
今後のフィルムカメラ事業は、フィルムならではの表現を大切にするお客様に高い評価をいただいておりますニコンのフラッグシップカメラ「F6」、写真を勉強する方の入門機として定評のある「FM10」を中心に継続してまいります。
なお、アフターサービスに関しましては、これまでどおり製品ごとに定めております規定に従って対応してまいります。
今後ともニコン製品を引き続きご愛顧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
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年老いたプードル犬・チャーリーを旅の相棒にし、アメリカ一周の旅に出たジョン・スタインベック。
ドン・キホーテの愛馬にならって「ロシナンテ号」と名付けられたキャンピングカーを自ら運転し、行程は1万6000kmを越えたという。
旅の動機についてスタインベックは「アメリカをもう一度見るため」と、その旅行記「チャーリーとの旅」のなかで記している。
文豪は4ヶ月に渡る旅のあいだ、さまざまな人と会話し、風景を眺め、アメリカを知ることになる。
翻訳版「チャーリーとの旅」を出版したサイマル出版会は、出版不況の波をかぶり1998年に残念ながら廃業。
以降この本は絶版となり、読みたいとは思いつつ腰が重く、なかなか手に入れることができなかった。
が、本日嬉しいことにゲット。
借本のため線を引くことはできないが、もし書き込めたらページが真っ黒になるのではと思うほど、文章が刺激的。
こんなに面白い本だとは正直予想していなかった。
さあ、ぼくも旅に出ようとするか。
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ここ数日、未整理状態にあった写真を整理しては、昔のことを思い出している。
3年前の元旦、ぼくは中国南岸部にあるアモイという街でひとり正月を迎えていた。
12月末に日本から北京へ渡り、上海を経由し、アモイが最終目的地の10日間ほどの旅だった。
その頃のぼくはカラーネガフィルムを入れたコンパクトカメラで日々のスナップを行い、まだデジタルカメラを手にはしていなかった。
今日の日記に使用した写真は、北京の天安門広場で撮影したもの。
氷点下の冷たい空気のなか、いくつもの凧が風に舞い、青空に浮かんでいた。
本日「Photo Gallery」という項目をつくり、当サイトにオープン。
中国で撮影した数枚のスナップですが、もしよかったらご覧ください。
ベトナムで撮影してきた写真も、そのうちアップする予定でいます。
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December 2005・February 2006
